ときどき、自分の名前を検索することがある。いわゆる“エゴサーチ”だ。
同姓同名の誰かのSNSや、まったく関係のない話題が並ぶのを眺めて、ちょっとした他人の人生を覗くような気分になる。
検索結果には、その人がこれまでどんな場所に名前を置いてきたかが静かに並ぶ。SNSの記事やコラム、インタビュー、イベントの記録など、外側に積み重なった痕跡が一覧になる。
当然、自分自身の情報が出てくる場合もある。自分では意識していないものまで含まれていて、思いがけず過去の関心やテーマが浮かび上がることもある。

面白いのは、検索結果が「自分の発信の外側にある地図」になっていることだ。
どんな文脈で名前が扱われているのか、どんなテーマと並んでいるのか。
検索という行為は、自己評価ではなく、外側の文脈(批判含め)をそっと確かめるためのものになる。
諸説あるが、やめた方が良いという声が多いのも事実。今回、それでも、敢えてやってみた。
エゴサーチは、自意識の強い行為か。
いや、自分の名前がどこに置かれているかを静かに確認する行為なのかなと思う。
面の向こう側に積み重なった足跡を、少し距離を置いて眺めるような時間。 正直、怖い面もある。
検索結果に並ぶリンクは、そのまま読者が辿れる道にもなる。 そして、それはそのまま、過去の自分と向き合う時間にもなる(はず)。
何気ない行為の中に、そんな小さな価値があるのかもしれない。
ちなみに、Googleで「甲斐順也」と検索すると、こうした結果が並びます。 https://share.google/psRKk20HIs5YXlYOJ


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